第5回放送 河谷内科〜本橋編概要
河谷内科医院は昭和の初期に建てられた洋風建築です。
山口県の近代化遺産のひとつにリストアップされています。

河谷内科医院の横の狭い通路には、周辺の観光案内版があります。
商工会議所や観光協会などが設置した案内板とは、ひと味違います。
河谷内科


柳井の中心市街地には、河谷内科医院のほか5件が近代化遺産にリストアップされています。

新納鉄工溶鉱炉

佐川醤油蔵

旧安田百貨店

旧周防銀行本店

旧辻歯科医院
(廣實歯科医院)
柳井醤油有限会社の醸造場もリストアップされていましたが、残念ながら今はありません。
河谷内科医院の場所

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河谷内科医院のある辺りは中央1丁目ですが、昔から柳井の人たちには「大才(おおとし)」と呼ばれています。
しかし「大才」は字ではなく、自治会名にだけ使われている名前です。
柳井川沿いの細長い地域に「東大才」「中大才」「西大才」の自治会があります。
大才の一部は江戸時代に宅地として造成され、新屋敷とも呼ばれています。電柱にその名残が見て取れます。
大歳神社
大才地区の地名は、大歳神社に由来するといわれています。
[大歳神社由来]
一六六四年であった 厳しい自然と闘いながらの海面築堤は 当時としては大変な難工事で長い歳月と尊い人命の犠牲もあったと言う それにもかかわらず 度重なる堤防の決壊に昔人は神の怒りだと思い込み 人柱をたてて神の心を和らげようとした その人柱に選ばれたのが おとしという うら若い美しい乙女であった
そして堤防は完成し百五十町歩という干拓地が出来た 現在の古開作であろう
後に人々はおとしの霊を慰める為に 古開作の一望できるこの地に小社を建てて守護神とした

解体前の3代目本橋
2002年撮影
こぼればなし
時間の関係で放送できなかったものも多数あります。

[放送内容基本データ]
ゲスト:河谷清実さん・楠原慎太郎さん

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[柳井市の基本データ1]

明治38年、柳井津町・柳井村・古開作村が合併して「柳井町」となる。
1954年(昭和29年) 3月、 玖珂郡柳井町・日積村・新庄村・余田村・伊陸村が合併し柳井市が発足。
同年5月、大島郡平郡村を編入。
1956年(昭和31年) 7月、熊毛郡阿月村を編入。
同9月、熊毛郡伊保庄村を編入。
2005年(平成17年)2月21日、玖珂郡大畠町と合併。現在に至る。
柳井市のページ
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