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01
柳井駅〜柳井機関区
概要
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ゲスト:
平仙博司さん(柳井駅長)
大下豊さん(柳井機関区資料室)
柳井駅は明治30年、株式会社山陽鉄道の「柳井津駅」として開業しました。
さらに詳しく
使用した柳井日日の記事 1 2 3
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02
柳井駅〜駅前
概要
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ゲスト:
平仙博司さん(柳井駅長)
大下豊さん(柳井機関区資料室)
古い駅前の写真も登場
使用した柳井日日の記事 1
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03
サンプラザ通り
概要
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ゲスト:日下章さん
およそ33年前に突如として出現した商店街の歴史を探ります。
みずほ橋から神出内科の辺りを、昭和30年代の中ごろから「油屋町(あぶらやちょう)」と呼ぶようになりました。
さらに詳しく
使用した柳井日日の記事 1 2 3 4 |
04
セントラル通り
たから市場
概要
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昭和30〜40年代に映画で賑わったセントラル通り。
昭和30年代半ばには、中心市街地に6館の映画館がありました。
最後まで残っていたのが「柳井セントラル劇場」なのですが……
たから市場は昭和39年に造られた食品関連の専門店街です。
使用した柳井日日の記事 1 2 3 4 |
05
河谷内科〜本橋
概要
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ゲスト:
河谷清美さん・楠原慎太郎さん
昭和初期に建てられた河谷内科医院は、「近代化遺産」として山口県がリストアップしています。
さらに詳しく
使用した柳井日日の記事 1
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06
代田八幡宮御旅所〜こがね町
概要
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宮本の代田八幡宮の御旅所が、何故こんなに離れたところにあるのでしょうか?
こがね町という名前は、昭和39年、公募によって決まりました。
使用した柳井日日の記事 1 2 3 4
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07
中塚
概要
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江戸時代、古開作干拓が行われた頃に作られた古い通りです。
使用した柳井日日の記事 1 2 3 4 |
08
樋ノ上〜広瀬
概要
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江戸時代の一時期、柳井川は現在とは違うところを流れていました。
その旧柳井川を、樋ノ上の五叉路から上流に向かってたどり痕跡を捜します。
春夏通じて甲子園初出場を果たした柳井学園高校の歴史も紹介します。
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09
広瀬〜下馬皿
概要
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旧柳井川沿いに街道がありました。
岩国竪ヶ浜往還といいます。 |
10
下馬皿〜落合
概要
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旧柳井川は、ここから広瀬に向かって流れていました。
番組では、逆に広瀬から遡ったので、あとで振りかえってみると少し違和感があるかもしれませんね。
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.11
落合〜国清
概要
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.本通橋(もとどおりばし)は、昭和39年に架け替えられました。
それ以前は土橋で、「元折橋(もとおりばし)といいました。 |
12
国清〜和田山
概要 |
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昭和40年8月、国清団地造成中に中学生3人によって遺跡が発見されました。
その1ヶ月ほど前には、和田山浄水場近くの山で弥生式の土器が発見されました。鳥越遺跡といいます。
その後、鳥越遺跡のある場所に配水地が建設されることになり再調査を行なったところ、近世の人骨などが出土しました。
使用した柳井日日の記事 1 2
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13
柳井中〜旧柳井商工
概要
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柳井中学校入口交差点の見える坂道からスタート。旧柳井商業高校前を目指します。
現在は、再び統合されて柳井商工となっています。
橋の向うに見える桜並木は、ロケの1年ほど後に切られてなくなってしまいました。
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14
女学校橋
概要
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橋の向うに見える大きな木はクスノキ。
ここに柳井高等女学校があった頃から残る木で、「やないの名木」に選ばれています。
女学校があった名残で、橋の名前は「女学校橋」といいます。 |
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