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三角餅でお馴染み、藤坂屋の前から出発。
柳井港方面に向かいます。
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いま歩いている道が「小瀬-上関往還道」です。
現在は市道ですが、明治時代には県道でした。
そして戦後の一時期には国道だったこともある道です。
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「小瀬-上関往還道」は、広島県との県境の小瀬川の渡し場から上関への道です。
前々回から、この道を日積までたどっています。
小瀬-上関往還道略図(pdf版はこちら)
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中国電力の社宅の前に水準点があります。
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中国電力の社宅のそばを流れているのが「龍華川(りゅうかがわ)」です。(橋は宮本端)
しかし、江戸時代の絵地図には「房田川(ぼうだがわ)と記されていて、いつから龍華川といわれるようになったのかは不明。
この川を遡ってみます。
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龍華川をしばらく上ると、茶臼山古墳登山道があります。
古墳が復元整備されてからは、あまり使われていません。
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鳥居をくぐって坂道を登ると祇園社があります。
一時期、代田八幡宮に移されていましたが、再び元の場所に戻りました。
もうこのすぐ上は茶臼山古墳です。
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が、放送では茶臼山古墳は素通りです。
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素通りするかわりに平成4年(0992)の発掘調査現地説明会の映像を流しました。 |
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茶臼山古墳を出て大屋東のバス停です。
ここから龍華川に沿って山に向かいます。 |
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建設中の農道を横切ってさらに進むと道は狭くなります。
かなり上ったところに「原公園」があります。
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かつてはサクラの名所としても賑わっていましたが、今は荒れ放題です。
この公園は原庄一という人が私財を投じて造ったものです。 |
新聞記事 1 ・ |
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公園には、古市の秋葉神社と同じようなステンレス製の社がありました。
同じ人の手によるものと思われます。
ところで、この公園を造った原庄一という人物は、茶臼山古墳の大鏡を発見した少年のうちの一人です。
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往還道まで戻ってきました。往還道はここから江の浦の旧道へと入っていきます。
線路を斜めには渡れないので「岸の下(ぎしのした)」踏切を渡ります。
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よく見るとふりがなが間違っています。岸の下は「きしのした」ではなく「ぎしのした」です。独歩の「欺かざるの記」にも登場する地名です。 |
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江の浦の通りに入ってきました。ここが小瀬-上関往還道です。
今回はここまで。 |
こぼればなし
時間の関係で放送できなかったものも多数あります。
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